全編cluster内で撮影した映画『贄の実』の制作プロセスについて

今回は、全編をcluster内で撮影した映画『贄の実』を制作されたTORA PIRA灰田さんに映画制作のプロセスと工夫について綴ってもらいました。
読み物としても興味深い上に、VR空間を使った映画制作に興味のある方にとっては学びの多い記事になっておりますので、ぜひご一読ください。

始めに

こんにちは、TORA PIRAの灰田です。
映画『贄の実』で監督をやりました。
『贄の実』は全編cluster内で撮影された映画です。
先日YouTube、clusterイベントで公開、上映され、ありがたいことに大変好評でした。

本記事では、cluster内で映画を企画、撮影し、公開されるまでの流れについて、『贄の実』を例に解説させていただきます。
とは言っても、映画を撮ったのは、私も今回が初めてです。
より良い方法はまだまだあるでしょう。

作品の内容に関する言及も存在しますのでご注意ください。

制作の流れ

企画

脚本

絵コンテ

モデリング

撮影

編集

公開

上記が映画製作の基本的なタスクとなります。
場合によって絵コンテとモデリングの項目はスキップする事が可能です。
『贄の実』では若干の脱線やコロナウイルスへの感染を挟みつつ、企画から公開まで10ヶ月ほどかかりました。

企画|自作アバターの映像を撮影したいという欲求から

元々私はアバターをつくっておりました。
フレンドと魅力的なワールドを巡る中、完成したばかりのそれで、簡単な映像を撮影してみたいと思ったのが発端です。
つまり普段、皆さんがワールドを巡り、アバターの写真を撮影する事の延長なわけです。
それが何故かどんどん膨れ上がり、作品に至ります。

映画制作の作業は膨大で、より良い映画を目指すのであれば、スタッフの協力は必須です。
集団作業こそが映画制作の醍醐味と言ってもいいでしょう。

一人でも撮影できないことはないかもしれませんが、大きく制限が付くこととなります。
『贄の実』の場合は私含め、フレンド四人でやっていくこととなりました。
大変ありがたい事です。

製作のきっかけとなった、アバターの外観がロボットであった事から、世界観がSFになることが早々に決定しました。
それ以外の物語の要素も、技術的にできる事、頑張ればできそうな事から逆算し、決定していきました。

無声映画という選択も、素人演技という印象を排除するためです。必然的に会話劇は不可能になるので、常に歩き回る、動的な物語となりました。
当時スタッフ内にフルトラッキングが可能な者はおらず、複雑な演技ができなかったため、その点でも相性が良かったです。

冒険心の少ない手法ですが、私自身、映画制作をするのは初であり、それ自体が冒険です。
一定のクオリティを担保するために選びました。
逆に、映画としての没入感を高めるために、キャラクターを抱きかかえる等、clusterで見ることのない表現は積極的に取り入れていきました。

手軽さを考え、4分前後の作品として企画しましたが、上述の技術確認のために、一分間ものパイロット映像も制作しました。
だいぶ作品の規模が大きくなっているのですが、この時点では気が付いてはおりません。

脚本|キャッチボールのような手順で洗練させていく

実作業は私ではなく、役者と兼任したフレンドが脚本を行いました。
企画段階で私が書いたプロットを基に、彼が執筆します。
それを私がチェックし修正。
脚本に反映させたのち再度チェック、修正。
キャッチボールのように同じ手順を、何度も繰り返すことで制作していきました。

この時点で撮影の難しそうなシーンを判断し削除していきます。
何度か、消えてしまった情報を私が加え直すといった、無駄な戻し作業も発生してしまいました。
しかし、『贄の実』のキービジュアルにもなっている、ロボットがザクロを差し出すシーンはこの段階で生まれたものです。
他にも印象的なシーンはこの段階で生まれました。
ロスもありますが、集団作業の面白さです。

絵コンテ|clusterの制約を意識しながら完成をイメージしやすいヴィデオコンテで

脚本が物語の計画書であるのに対し、絵コンテは映像の計画書です。
どのような映像をどのような構図で撮り、どのような順番で映すかをこれで決定します。

ドラマ等、実写の現場では、スケジュール都合や役者の演技を固めてしまわないために、絵コンテは使用しない傾向にあります。
スキップ可能なタスクではありますが、メタバースという特殊な空間で撮影するのに向けて、不測の事態に備えることができました。
作品のイメージをスタッフ間で共有するために、部分的にでも制作した方がいいでしょう。

『贄の実』では一般的な静止画の絵コンテではなく、初めから動画として制作されたヴィデオコンテを採用しています。
用途としては同じものですが、通常の絵コンテと比べ、より完成映像をイメージしやすいのが特徴です。
また、カット順序の入れ替えが容易という利点も存在しました。

パイロット映像での経験を元にカメラワークを考えます。
clusterでは現実と違い、アバターの移動速度が一定の幅の中でしか変動しません。
そのため、役者の移動に合わせてカメラマンも移動する、フォローでの撮影は困難です。
フィックス等、被写体に対し厳密に動きを合わせる必要のない撮影方法を中心に、想定して、カット割りをしていきました。

モデリング|VRでスケール感を意識しながら直感的に制作できる「Gravity Sketch」を使用

『贄の実』ではビジュアルの統一感を出すため、モデリングも自分達で行いました。

3DモデリングにはGravity Sketchを使用しています。
Gravity Sketchは、VR上でモデリングできる、個人使用無料のソフトです。
ハリウッド映画でもレイアウトの確認等で使用されています。
なので今回は、アバター制作でもですが、ワールド制作において、大いに役立ちました。

VRで使うものはVRでつくるに限ります。
実際にワールドの中へと入ったのと同じ視点でモデリングすることができるので広大なスケール感を表現しやすかったです。

造形自体は製作期間を考慮し、シンプルな立体の組み合わせを中心につくり上げましたが、これに関しては若干の後悔が残ります。
造形がマクロになりすぎて、空間の実在感が薄れてしまいました。

モデリングからUnityへ|アイテムにするか、アバターに仕込むか

モデリングしたものをunityに持ち込み、物語に応じたギミックを用意していきます。
ワールドにイスやアイテム等を取り付けていきます。
アイテムはワールドとアバターどちらに取り付けるべきか、振り分けなければなりません。
ワールドアイテムを持つと、同期の関係で第三者からは追従が遅れて見えます。
なので基本的に、高速で動かしたり長時間密着するものは、アバター側に仕込んだ方がスムーズに撮影できるでしょう。

崖を滑り落ちる際に出る火花はアバター側に取り付けました。
ワールドとアバター、両方用意する必要があるものもあります。

アバターもシーンに応じて、ひとりのキャラクターであっても複数用意しました。
ワールドアイテムも重力に従い落ちるもの、重力を無視して落ちるもの等、複数を使い分けています。

ギミック以外にも、ロボットは背中から果実を取り出すシーンがあったため、収納用のコンテナを背負ったデザインへ変更するなど、映画に合わせた調整をしています。
アバターから始まった映画撮影でしたが、最終的には大部分をつくり変える事となりました。

本来、映像作品ではポストプロセスの作業は撮影後に行うのですが、編集の負担を減らすためと、可能な限りcluster上での作業を増やすためUnity上で行っています。
撮影中ポストプロセスが強いと、カメラに映るものが見えなくなってしまうので、弱めに調整する必要がありました。

撮影|VR空間上で実際にカメラを持ちながら撮影するのは楽しい

ここまでの孤独な机仕事から打って変わって、賑やかな集団仕事です。
いよいよclusterの中で実際にカメラを回します。

PCVRの場合、clusterでカメラを起動すると、PCのウィンドウにそのままカメラの映像が映し出されます。
それを外部ソフトでキャプチャしていくことになります。
キャプチャソフトにはWindows10標準のゲームバーを使用しました。VRゴーグルを付けたまま操作するので、シンプルな機能が扱いやすかったです。
それでも操作ミスが発生するため、PCにつないだゲーム機のコントローラーにショートカットを設定しました。

楽しい作業でしたが、撮影はこれまでの積み重ねが出るので、トラブルも多くありました。
撮影場所は実際にアップロードした撮影用のワールドではなく、非公開のイベント内で行いました。
作品情報が流出するのを防ぐために、非公開のまま会場に設定します。

しかし、イベント会場の仕様として、役者同士が近づきすぎると、お互いが見えなくなってしまいます。
アップカットの際にもカメラに映りません。
結局、声を掛け合う、撮影プランを変更する、アバターを調整する等で、なんとか対応していきました。

欠点はありましたが、利点もあります。
イベント会場ではどれだけ離れていても、スタッフの声は届くので、指示出しがスムーズに行えます。
ロングカットの多い本作では有難かったです。

VRでは視界外の気配を感じとることはできないので、声掛けは重要です。
肩を叩かれ振り返るといったシンプルなシーンでも、感触がなければ気が付くことは不可能です。
なのでいちいち、声で合図を送りあう必要があります。
分厚いラテックスのスーツを着て行う、特撮に近い感覚があります。

『贄の実』は役者が二人だけなのに対し登場人物は四人です。
絵コンテの段階で同一カットに映らないよう工夫していますが、不自然さを軽減するため、意図的に二人以上映るカットを盛り込んでいます。
そのようなカットはアバターをアイテムとしてワールドに設置し、動かず目立たないキャラクターに割り当てることで撮影しています。キャラクターがキャラクターを抱きかかえるシーンも、アイテムやアバターに取り付けた物に切り替えています。

役者もキャラクターに対し固定ではなく、適時入れ替えて撮影しています。
各々の特異な演技に集中して頂くことができます。
スケジュールにも優しく、ワンカットの再撮影の為だけに役者を集めるのは忍びないので、私が一人撮影したカットもありました。
こういうのも特撮的、いえメタバース的と言えるでしょう。

俯瞰からの撮影はワールド内に設置した乗り物に乗って行っています。
フィックス撮影を中心としたコンテでしたが、次第にカメラ操作に慣れてきたため物足りなさを感じるようになりました。
実際にカメラを構えることができるというのは予想以上に楽しい事で、撮影は次第にコンテから外れカメラワークのパターンを増やしていく事となりました。

コンテも脚本も所詮本編ではなく叩き台です。
より良い方法があればどんどん変えていくべきです。
それでもフォロー撮影だけは難しかったので、バストアップで役者に足踏みしてもらう事で、それらしい画を再現しています。

編集|再撮影しやすい環境のありがたさ、「音」にこだわる

世に出る映像関係の話は撮影に関するものが多いですが、実際には映画の出来は編集で決まります。
映像はあくまで編集の素材でしかなく、選択肢を増やすものです。
しかし今作ではカメラ一台体制で細かく位置を変えて撮影したため、テイクが重ねづらく、シーンに対して選択肢が多くありません。
なので問題があればすぐに再撮影できるように、編集は同時並行で進め、素材をチェックしながら進めていきました。

良いテイクだと思っていても、PCモニターを通して見ると撮影中に気が付かなかった問題が見つかります。
一連の動作のつもりが、カットが上手く繋がらなかったり、些細な動作のブレが邪魔になることもありました。
実写の映画と違い、いつでも撮影セットに向かうことができるので、こまめに再撮影や追加撮影ができ、助かりました。
それも難しい場合は、コマ単位での削除や、低速化、高速化で違和感を減らしていきました。
特に歩行速度はかなり調整しました。

キャラクターが最も長時間接触してる対象が地面です。
clusteの歩行アニメーションはパターンが少ないので、調整が実在感を高めてくれます。
足音も、clusterでは基本的に聞くことがないので、丁寧に付けていきました。
基本的には一歩単位で音を合わせています。
台詞が存在しない分、『贄の実』では通常よりも過剰に効果音を付けています。
作業工程を減らすため音響はモノラルになっていますが、前後の距離感は音量の大小で表現されています。

最初のシーンの編集が終わった時点で、ヴィデオコンテの約三倍の長さになっていました。
見通しが甘かったのを反省しつつも、切り詰めた映像より、間の長い作品にしたかったため、そのままの方針で続行しました。
しかし20分近くになりそうだったため、カット単位で削除し、15分に収めています。
見る側としては程よい長さになったと思います。

公開|専用の映画館ワールドをつくって、イベントを開催する

つくった映画を多くの人に見てもらうには、宣伝も大事です。専用のTwitterアカウントをつくってはみましたが、私はどうもその手の事が苦手です。
なので専門役職を立て、お願いしました。
Twitterだけでなく、他所のワールドにポスターやチラシを貼って頂いたり、メタバースのニュースを専門で取り扱っているグループに記事掲載して頂く等、公開当日に向けて盛り上げて頂きます。

完成した映画は動画サイト以外にも、clusterイベントでも上映しようと、企画当初から決めていました。
メタバースらしい上映会とは何かを考え、専用のワールドを制作します。
映画を観て終わりではなく、見た人たち同士が語り合えるような空間を用意しました。
その周囲にも話題の種となるように制作で使ったモデルデータや資料を配置します。
純粋な映画館というよりも、美術館や博物館の上映室等を意識した構造としました。
実際に撮影に使用したワールドへのポータルも配置し、観客を映画の世界から逃さないようにしました。

終わりに|とにかくカメラを回してみると何かがはじまるかも?

集団作業は映画製作の華です。
しかし同時に、趣味事のために人が集まるというのは難しい事でもあります。
対してメタバースは人との繋がりをつくりやすい空間です。
案外、同じ思いを持つ人間は近くにもいるかもしれません。
長々と書きはしましたが、気軽にフレンドと話題にし、ともかくカメラを回してみる事から始めるのはいかがでしょう。

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