鳥取県の青翔開智中学校・高等学校の社会の先生であり、clusterのユーザーでもあるアフロッティさんにお話を伺いました。アフロッティさんはUnity等を使い自身でワールドを制作したりしていて、それを実際に教育活動に使用されています。
そこで、clusterを始めたきっかけや利用してみてどんな手応えがあるかを聞いてみました。

生徒に使ってもらうはずが自分がハマっていく
──まずは、アフロッティさん自身がclusterを始めたきっかけを教えてもらえますか?
最初は2020年に学校で開催した学園祭ですね。コロナ禍で学校に人が呼べないという中で「学園祭をオンラインでやろう」ということになり、その時に生徒たちがclusterを見つけてきました。当時はワールドを自分でつくることができる機能がついたばかりの頃でした。
うちの学校は人数が少なくて、各学年2クラスしかないという若くて小さい学校なんですけど、その中で各クラスがひとつずつワールドをつくってオンライン学園祭をやってみようというのがclusterでの最初の試みでした。
実際には『NO MITSU』というコンセプトでclusterで色々なワールドを体験できるようにしたり、YoutubeLiveでリアルの配信もするというハイブリッドの形式で行なっていました。
その時に、clusterの方の教員担当になったので、私が校長のアバターをつくったりしたんですけど(笑)。それを使って校長と写真を撮ろうという感じのブースをつくったり、VRoidの使い方を共有して生徒が考えたオリジナルTシャツを着たアバターで一緒に入ろうとかのコンテンツをやりましたね。



──ワールドは各クラスの生徒が自分達でつくられたということでしょうか?
そうですね。例えば、クイズラリー形式で鳥取県の3択クイズをどんどん答えていって、最終的に上の方に行くと、自分の歩いていた場所が鳥取県だったって気づけるワールドをつくってるクラスもいれば、ボーリングをつくってるクラスもいればみたいな感じでしたね。
自分は教員枠ということで「社会科勉強部屋」というハブワールドをつくって、解説記事を必死に読んでLotteryの機能を活かした俳句ゲームワールドや的当てゲームワールド、ただ動画を見るだけの場所とか、ワールドでは色々なことができることを示すために5パターンのワールドをつくりました。

──生徒が0からUnityを覚えてワールドを制作したということですね。
そうですね。めちゃくちゃ大変でした(笑)
私は夏休み中ずっとUnityを触って、どうやったら生徒に教えられるのかというのをずっと考えていましたね。
──アフロッティさん自身も初めてUnityを触ったということですよね?
そうですね。プログラミングすらしたことなかったので、Unityをインストールすることすら分からないところからのスタートでした。
──すごいですね……!
生徒って具体例を示すと「こういうことができるならこういうことできそう」が広がるんですよね。
──では慣れたら、生徒の方がガンガンつくっていったりしたのでしょうか?
そうですね。しかし当時は解説記事がまだ充実していなかったので、大変でしたね。
──制作する時は学校の中にパソコンを使える場所があったのでしょうか?
あるにはあったのですが、生徒の人数分は置いてありませんでしたね。
──クラスに数台とかですか?
あって数台ですね。
なので、一人の生徒がパソコンを触っているだけでは他の生徒は暇になってしまうので、他の生徒にはデザインで頑張ってもらおうとか、ワールドの設計図を描いてもらうとか、生徒たちの係分けを考えて、なるべく色々な生徒が参加できるようにしていました。
──実際に文化祭を開催してみて生徒や周りの反応はどんな感じだったのでしょうか?
実際に学校全体でそれぞれクラスのワールドの体験会をした時には楽しくやっていましたし、取材等もあり話題にもなりました。しかし1か月という短い期間に加え、コロナ禍の様々な制約がある期間のなかで学園祭のためにという思いで、つくっていたので、学園祭後、そこから先も使ってみよう!と生徒たちが思えるツールにはなりませんでしたね。
ただ、発展性があるというのが分かってたので、自分はどっぷりハマるきっかけになりました(笑)clusterのようなバーチャルSNSならではのことですが、学園祭が終わった後も、私がつくったワールドに何故か「人がいる」ということに気づいて、そこで出会った人たちと話していくことが増えて、 それもclusterにハマった理由ですね。
──なるほど。
なので、私がclusterを続けていて、最近のclusterの様子を生徒に見せているんですけど、機能の進化に驚いてくれてまた新たに始めてる生徒もいるんですよ。
──そうなんですね!具体的に、生徒はどのあたりの進化に驚いてるんでしょうか?
やっぱりワールドクラフトですね。
ワールドを簡単につくることができるところに驚いていました。あとは色々なワールドの表現のレベルがどんどん上がっているところですね。Apex Legends™やFortniteをやってる世代なので、求めるビジュアルのクオリティが高いのですが、ワールドクラフトの公式パックはその要求を満たすくらいのクオリティだなと思います。
自分のワールドのクオリティも最近、自分自身で上がってきたなと思っているのもあると思います。自分はただの社会科教員なのですが、それでもレベルが上がってくると、生徒から教えてくれと言われることも出てきましたね。
──アフロッティさん自身のできることが増えると、生徒のやりたいことが増えるという状況になっているということですね。

歴史を「体験」に昇華できるバーチャル空間を使った教育の可能性
──アフロッティさんがバーチャル空間に可能性を感じたというのは、具体的にどういう部分だったのでしょうか?
まず歴史の授業をする時に「生徒に実感がない」というのが課題だなと思っていたんです。だって、遠くの知らない過去の誰かの話じゃないですか。もちろんそこは授業者の腕で、それをいかに生徒にとっての自分事にしてもらうかが大事なことなんですけど。
そこでバーチャル空間を使うと、歴史の授業を「聞く」ではなくて「体験」にできるなと思ったんですよ。
例えば、関ヶ原のワールドをつくったのも「関ヶ原の戦場を歩く体験」ができるのではないかという発想からですね。

元々、普段から生徒の使っているツールに歴史を混ぜ込みたいなっていう風に思っていて。
例えば、定期的に織田信長からLINEが送られてくるというbotをつくったりしていました。
本能寺の日が近くなってきたら「最近、明智光秀の動きは怪しいんだけど」って織田信長からLINEが来るとか(笑)
徳川家康が三方ヶ原の戦いで負けた日に「信玄怖すぎるんだが、お前も一緒に逃げないか」みたいなことを言うLINEが届いたり(笑)

──面白いですね(笑)
そういう風に、普段みんなが使ってるものに歴史を混ぜ込みたいなというのは元々思っていたことでした。その時に歴史をバーチャル空間上で色々と再現できると、自分のやりたいこととも繋がるし「体験」にもなるんですよね。
生徒自身が「あ、今、私は歴史を見たんだ」という気分になると記憶の定着度が全然違うと思うんです。だって、学校で思い出すことって、だいたいは学園祭のこととかじゃないですか。
──なかなか授業で聞いたことや教科書で読んだことは覚えられないですよね……
なので、バーチャル空間を使うことによって、今まで自分がやってきたことの可能性が広がることに気づいたんです。学園祭でclusterを使ってみて、その事実に気づいたんです。
──授業で実際に使用することなどはあるのでしょうか?
関ヶ原のことを教える授業の時は、関ヶ原の戦いのワールドを実際に利用していますね。
生徒がそのワールドで撮った写真をモニターで見れるようにして、関ヶ原の戦場では風景はどのように見えるかを一緒に見るということをしたりしていました。生徒はそれぞれiPadを持っているので、生徒ごとに視点が違うというのが可視化されるんです。

また、公開してないワールドですけど、国土地理院の3Dデータを使ったワールドで、昔から定期市が開かれていた場所を勉強する時に、そのワールドを歩いてもらって「どこで定期市が開かれそうか」という市場ができあがるための条件を生徒に考えてもらう、という授業をしています。
──そういう授業をすると、既存の授業とでは生徒の反応は変わってくるんでしょうか?
アンケートやテストをすると、生徒からの単元の評価や生徒の平均点数は確実に上がっていますね。
生徒自身に「一緒に何かをした」という体験が残ってるのだと思います。私がノリノリになってるというのもあると思いますけど(笑)
──着実に反応は良くなってる、と。
中学1年生の地理のアメリカについて教える授業で、多くの生徒はアメリカに行ったことがないので、実感が湧かないのではないかと思い、マンハッタンを再現したワールドを用意しました。そこでは、生徒自身にアメリカでイメージするものの絵を描いてもらって、それを僕がワールドに配置して、それらを巡るという授業もしました。
皆が満遍なく巡るようにお金をゲットできるゲーム要素を用意して、20分以内に金を稼いでアメリカンドリームを掴んだ人が勝ちっていうルールにして、ワールドに配置されたさまざまなアメリカのイメージと出会えるようにしました。

──ゲーム性を取り入れることで「体験」の強度を上げているんですね。
そうすると、生徒の中ではアメリカに対してハンバーガーのイメージしかなかったのが、ワールドの中でコーンとかのイメージに出会うことで、アメリカはとうもろこし栽培が盛んだ、という話に広がっていくんですよ。
──確かに、最初にアメリカにどういうイメージ持ってるかを描き出してもらうと、人それぞれなので、それをきっかけに話が広がるっていうのは確かに面白いですね。しかも、自分のつくったものが体験できるようになる。
やっぱり「体験できる」ことが自分の中で1番授業で意識してることなので。
──想像していた以上に色々な使い方をしていただいて驚いてます。
「総合的な学習の時間」で「プロトタイプ」をつくるのに役立つバーチャル空間
ただ、1番効果的に使えるのは「総合的な学習の時間」(高校では「総合的な探究の時間」)の時間だと思ってます。
うちの学校は総合の時間を使って「探究」という授業をしています。例えば、中学2年生の職場体験で職場体験した後にそこの社長に改善案をプレゼンするところまでやるんです。
その時に大事にしているのが「プロトタイプ(提案を何らかの形に落とし込んだ試作品)をつくる」です。
ただ、生徒たちには時間はあるけど、お金はない。 だから、プロトタイプと言っても、物理的なものの改善の場合はまずは別の何かに置き換えてつくる必要がある。例えば、レゴブロックでつくったりする生徒もいるのですが、やっぱり伝わりづらいものになってしまうんですよね。
──物理的なプロトタイプは材料費などが必要になってしまいますからね。
そこで3DモデルとVR機器があると「私たちのアイデアが実現するとこうなります」と目の前に出すことができるじゃないですか。
──確かにそうですね。
例えばこれは、高校2年生の子が手がけたプロジェクトなんですけど、この生徒はオープンキャンパスを新しい形で提案できないかと考えてバーチャル空間上のオープンキャンパスを開催するんです。学校の制服もアバターで着ることができるようにしたりして。


この校舎は生徒が全部0からつくってる3Dモデルなんですよ。
また、ただの置き物ではなくて、キャラクターを5体を見つけようというイベントにすることで「学校をくまなく探す」という動機をつくったり。自分たちで場所を借りて小学生に体験してもらうという企画も、この生徒が一から企画しました。

──めちゃめちゃクオリティ高いですね……!
ワールドをつくった生徒はBlenderを始めて1年未満でした。
こういう子たちって、やり方の基礎さえ分かれば勝手に学んでいくので、いつの間にかとんでもない実力になっていました。(笑)
また、オープンキャンパスのためにつくった校舎の3Dモデルを使って、学校の中のより良い配置を考えるプロジェクトも計画しています。
部屋の模様替えは実際にやるとすごく大変ですが、バーチャル空間であれば、簡単にできるんです。
──実際にやろうとするとすごい労力がかかりますもんね。
他にも選挙の公約が実現した後の世界をcluster上に表現したワールドをつくった生徒たちもいました。それも若い人たちにとって選挙の公約が実現するとどうなるかと分からない、という課題感があって、それを体験できるようにするという発想からスタートしています。
──なるほど。
そういうものをリアルで実際につくろうとしたら、すごいお金がかかるじゃないですか。そこで、バーチャル空間でつくれるのは、プロトタイプの提案において、無限の可能性があるのではないかと思っているんです。
一度つくったモデルは再度色々なことに利用できますし。
──確かにそうですね。
教育に取り入れるためには?
──教育の活用を広げていくにあたって、現場の方の声を聞くことは続けていきたいのですが、実際にどのようなサポートがあると良いと思いますか?
学校では、生徒たちに規約等を意識していくことを伝えるので、規約が明確ではないものは、基本的に先生は使いにくいかと思います。
──なるほど。
また、基本的に一般的には、学校はclusterのようなSNSはセキュリティでブロックされる可能性が高いです。
そこに関しては、うちの学校は「学園祭」という事例があったのでツールとしての理解がある程度ありました。
また、セキュリティでブロックされてしまうのは世の中でそういうSNSの良い使い方を示せた事例が少なく、危険性の面の方が注目されやすいからだと考えています。学校は前例がないものは基本的に導入ができないので。なので、自分が前例になれればと思って積極的に使ってる部分はありますね。
──ありがとうございます。色々な活用事例を教えて頂いたんですけど、試みを始めてから気づいたことってありますか?
当たり前ですけど、結局、生徒たちは自分でつくったものに愛着を持つんです。
clusterの良いところは、データとして残るから、それを後輩に引き継げるところですね。
実際、先輩がつくったclusterのワールドを見てから「じゃあ自分もつくれるかもしれない」と言って、ロボットや戦艦をつくり始めてる生徒とかもいるんですよね。
これは中1の生徒がつくった戦艦ですね。これでBlenderを始めて2か月ぐらいです。
最初はリンゴをつくるところからスタートして、今はオリジナルのロボットとかをつくってたりしていて、成長のスピードがとんでもないです。

──なるほど。
「魅力的な図書館をつくろう」というテーマでプロトタイプを制作した時に最初はワールドクラフトを使っていたのですが、ワールドクラフトだと本棚がないことに気づいて、結局生徒が自分でモデルをつくって、みんなに共有して使ったんですよね。
最初は私の方でモデルをつくろうかと考えたのですが、生徒自身が考えてつくることに価値があると考え、制作を任せました。
──先ほど言われたように、自分でつくることで愛着が湧くということですね。
そうです。例えば、このワールドは、本に囲まれながら映画が見られる図書館のアイデアを出したチームなのです。この図書館の椅子もパッとみ普通な椅子なんですけど。なんか左側に謎の手すりみたいなものがついてるじゃないですか。


──ありますね。
ここの角度とかにすごいこだわりがあったみたいです!
──いきなり椅子をモデリングしろって言われてもできないですもんね。
まず椅子はどういうパーツでできてるかをが分からないと、つくれないですね。これもBlenderの初心者用のチュートリアルの流れから自分で考えてつくってもらってるんです。
この椅子をつくった子は今は割とかっこいい刀とかつくったりして、見せてきたりしますよ。戦国時代好きの子なんで(笑)要は「自分でつくれる」ということがわかると続けてくれるので、いかにそこを体験させるかというのは自分の中で大事にしているところですね。
──なるほど。確かに1個つくりきると「こういうこともできそうだな」と思えるということですよね。
はい。そうして自分自身で勝手に成長していきます。
後は、学校の先生はどんどん新しい言葉が出てきて、キャッチアップが大変になって、どんどん忙しくなってしまっているので、そういう相談ができる窓口やコミュニティがあると良いですよね。
私がやった授業や指導計画も共有できる場所があると良いのかもしれません。
──確かにそうですね。私たちも実際に使われている方の声を聞きながら、どうやったら使いやすかったり、価値あるものを提供できるのかは考えていきたいと思っています。今日はありがとうございました!